大川家具の歴史

HISTORY

The story of Okawa furniture.

大川家具の歴史は、戦後の復興から始まったものではありません。
その起源は、室町時代にまでさかのぼることができます。

そして大川は、豊富な森林を抱える木の産地というわけではありません。
川の水運を通じて木材が集まり、職人と商人が結びつくことで発展してきた町です。
技術と商いの精神が重なり合うことで、「大川家具」という文化が築かれてきました。

筑後川の水運によって大量の木材が集まり、港町として栄えた「榎津(えのきづ)」では、船大工たちが高度な木工技術を磨いていました。
1536年には、船大工の技術を家具づくりに応用した榎津久米之介が「指物(さしもの)」と呼ばれる釘を使わない木工を始めたとされ、この伝統が大川家具の原点となりました。
その後、江戸時代後期から箱物(箱型家具)の技術が発展し、さらには明治時代に榎津箪笥が生まれ、明治後期には大川町全体が木工と家具の産地として形成されていきます。

このように、大川家具は約500年におよぶ技術の蓄積と職人の知恵の重なりによって育まれてきたのです。

HISTORY01

大川家具の原点には、「指物(さしもの)」と呼ばれる木工技術があります。
室町時代、筑後川の水運によって木材が集まり、港町・榎津には船大工をはじめとする職人が集まっていました。
その中で磨かれたのが、釘を使わず木と木を精巧に組み合わせる高度な木工技術です。

1536年、船大工の技術を家具づくりへと応用した榎津久米之介が指物を始めたと伝えられています。
この“組む技術”は、丈夫さと美しさを兼ね備え、長く使い続けられる家具づくりの基礎となりました。

数百年にわたり受け継がれてきた指物の技は、単なる製法ではなく、
大川のものづくり精神そのものだったのです。

HISTORY02

江戸時代後期になると、大川では「箱物」と呼ばれる箪笥などの家具づくりが発展していきます。
指物の技術を基礎に、収納家具としての構造や意匠が洗練され、やがて地域産業へと広がっていきました。

なかでも田ノ上嘉作は、箱物家具の発展に関わった人物として語られています。
明治期に入ると、榎津箪笥が生まれ、箪笥は単なる収納具ではなく、暮らしの中で代々受け継がれる“家具”としての地位を確立します。

木挽き、塗装、金具、組立。
複数の専門職が分業で関わる体制が整い、大川は本格的な家具産地へと歩み始めました。
この時代は、大川家具が“文化”から“産業”へと進化した転換点といえるでしょう。

HISTORY03

昭和期に入ると、大川家具は技術だけでなく、デザイン面でも注目を集めるようになります。
その象徴のひとつが、河内諒による「引き手なしタンス」です。

装飾を抑えた洗練された意匠は、西日本物産展で最高賞を受賞。
この出来事をきっかけに、「家具の町・大川」の名は全国へと広がっていきました。

伝統を守るだけではなく、時代の感性を取り入れながら新しい価値を創造する。
この姿勢こそが、大川家具を現在まで発展させてきた原動力です。

こうした歴史の積み重ねが、現在の大川家具、
そして私たちアルファタカバのものづくりへと確かに受け継がれています。

大川家具の伝統と未来

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